他人を勝手に断定する権利

他人を勝手に断定する権利なんかは、誰にも与えられていないんだからねえ。シャネルの八十年あまりの生涯は、彼女の自分を犠牲にしないで築き上げた偉大さにあると思うんだなあ。よく、自分を犠牲にして、他人のためになるとかいう表現があるけれども、これはどうも哀れみを乞うようないやな表現だとおれは思うんだなあ。それよりも、シャネルのように、自己犠牲を払わずに、そして他の人々に生活の歓びとか、オシャレの喜びをもたらす生き方が、女性のこれからの生き方じゃないかとおれは思ったものだよ。愛は、消極的で謙虚だったら、イメージは暗くなっていくものだけれども、彼女のように、積極的で謙虚であったなら、愛は自分の基礎を築くだけでなく、新しい分野を開拓して、とどまるところなく発展していくものだと考えたもんだよ。お嬢さん、シャネルになれよ。摺れるといおうや宮繋記けの偽の恋に酔っ払ってお嬢さん、おれは、約一ヵ月間、ギリシキからスベイ γをまわって帰って来たところなんだが、外国にいる日本女性の典型的なタイプに会って来たよ。二十五歳の さんはいうんだ。「どうして日本を離れて、外国で生活しようと患ったかというと、日本にいれば、女性の生き方のパターンが公式どおりなような気がしたのよ。学校を卒業して、あるいは在学中に恋をして、二年間ばかり付合って、結婚して、子供をつくって、住宅資金を考えながら、夫の給料の中から貯金をせっせとして、気がつけば、もう中年の前半を終わってしまっているわけでしょう。こういう生き方に反発を覚えたわけなの」とれが、 さんの十九歳の時に感じた日本女のツマラナイ生き方だったわけで、あたしは、こんな生き方はいやだというわけで、ヨロ パヘ飛び出したわけなんだなあ。たしかに、 さんと同じような考え方の女性も多いだろう。お嬢さんもその一人かもわからない。まあ、昔流にいうなら、糠ミソの臭いのする女房になり呆てるのはいやだってことだろう。ま、おれにも、この考えがわからんではないが、 さんのように、中学一年あたりから、クラスメートが異常だと思うほど外国語に興味をもち、その上で、限られた日本女性の生活のパタ γを拒否しての渡米なり渡欧はわかるんだよ。 さんは、十九歳でロンドンの学生生活一年で一旦帰国し、二十一歳でスペインに行き、ここでも学生生活をメイドの収入でおぎなって、また一度帰国して、再度、スベイ γのバレやっている人なんだよ。