愛をひとつ失うよう

頭の先から靴の先までオ ル舶来のフア ションはいいけれども、その中身まで酋欧化されて粋がることはなにもないと思うんだよ、それだったら、情ないじゃないか。恋愛は、心の問題だろ。じゃ、させたっていいじゃないか。日本人のつくった日本的表現を、堂々と復活二百トンと一カラット失恋というのは失愛ではないょお嬢さん、今日はひとつ、失恋について一緒に考えてみようじゃないか。とにかく、失恋の味というのは、男にとっても、女にとっても、ほろ苦いものなんだなあ。が、おれは、今頃になって、失恋というのは、失愛ではないということが、ようやくわかってきたんだなあ。しかし、十代の後半とか二十代の前半には、失恋、恋がひとつ消えることを、愛をひとつ失うように思ってしまうんだなあ。永遠の愛が、胸の中から、すっぽりと消えてしまったなどと思いがちなんだよ。なぜ、こんなことを考えるようになったかというと、この一年に数人の若い女性から失恋の話を聞いたからなんだよ。おれのような年齢には、お嬢さんぐらいの世代は、失恋の痛手を話せるようなんだなあ。話しても安心、聞いてもらって今後の生き方の相談にものってもらえると思うらしいな。「白髪のせいもあるのよ」といった女性もいたな。おれとしては、実に悲しいことなんだよ。まだまだ、おれは恋愛の現役だと思っているのに、いつの間にか、恋愛の退役にされてしまっているんだから、これは悲しいというしかないんだよ。ま、こういう話はいいとしてだね、失恋の話をした若い女性は、テレピタレントあり、女子大生あり、 ありというところだな。年齢は平均二十一歳ぐらいで、相手の男性は、二十五歳から三十歳という幅なんだ。 の場合は、会社の上司であり、女子大生の場合は高校の先輩といったところだった。そうそう、この他に、バ 、グラプのホステスが二人いたけれど、失恋物語を聞いているといつもながらに被害者意識が多いんだなあ。口惜しい!と思う心情が、彼女たちの胸のわだかまりになっていて自分は正しかった、相手が一方的に悪いのだというのだ。彼女たちが、共通していう言葉に、おれは気付いたんだよ、お嬢さん。それはね、「あたしの気持ちもわからないで:::」ということなんだよ。おれは、この言葉を聞くと、一寸勝手ないい草のような気がするんだよ。第一に、気持ちがお互いにわからないから、恋がはじまるんじゃないのかなあ。お互いに気持ちが、ぴったり一致している男女なんて、この世の中には滅多にいないです。